時代劇名シーン一覧/田原坂 前篇「英雄野に下る」(制作/日本テレビ 製作著作/ユニオン映画 制作協力/東映太秦映像)より

時代劇名シーン一覧/田原坂 前篇「英雄野に下る」(制作/日本テレビ 製作著作/ユニオン映画 制作協力/東映太秦映像)より

「忠臣蔵」「白虎隊」に続いて、87年に放送された日本テレビの年末時代劇シリーズ第三弾。

杉山義法氏が脚本を手がけるこのシリーズ。名作「忠臣蔵」のヒットを受けて作られた「白虎隊」は個人的に駄作の感を拭えませんでしたが、続く本作は再び杉山氏の面目躍如。里見浩太朗氏演じる西郷隆盛を主人公に据え、明治維新や西南戦争といった史実を踏まえつつ練り上げられたストーリーの中に多彩な人間模様が織り込まれていて、見どころ満載です。

 

今回、特にピックアップするのは、前篇「英雄野に下る」から。廃藩置県によって新政府に領地を取り上げられることになったかつての主君、島津久光(露口茂)と西郷との対面シーン。

身は下級武士でありながら久光に取り入ることで頭角をあらわした大久保一蔵(近藤正臣)が既に久光を見限っているのに対し、久光には忌避され続けて来たにも関わらずドライになりきれない西郷は、詫び状持参のうえで鹿児島にいる久光の許を訪ねます。

わざわざ東京からやって来た西郷を前に、のっけからお怒りモード全開の久光公。

「八百年の歴史を誇る薩摩七十七万石の領地を取り上げて、こげな詫び状一枚で我慢せいと言うのか」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「余を侮るな!!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

詫び状を西郷に投げつけた後もクレームは続きます。

「一蔵と言い其の方と言い、今日あるは誰のおかげと思うぞ!?」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「本来ならば南国の孤島で野垂れ死んでいるはずを、余が呼び戻した恩を忘れおったか!?」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

手をついたまま、黙って聞き入る西郷さん。

田原坂 前篇「英雄野に下る」

さらに討幕における自身の功績を主張しつつ、西郷に怒りをぶつける久光公。

「己れ一人の力で参議になれたと思うたら大間違いじゃ!何を勘違いしておる!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

さらに・・・

「何よりもその方の罪は、下級武士や郷士共を扇動して薩摩を破滅に追い込んだことじゃ」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「潔う己れの非を認めよ!己れの非を!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

ここで初めて口を開く西郷さん。

「それまでになされよ!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「何!?」と逆上しかける久光に対して西郷さん。「まだお分かりになられませぬか?」と顔をあげ・・・

「こん国には、もう殿様はいりもはん」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「日本国にはただ御一人、一天万乗の君がおわします。そん下には四民平等の民草がおりもす」としたうえでもう一度。

「殿様はもういりもはん」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

続けて・・・

「そいが不服とあらば・・・」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「こん西郷の首を刎ねられよ!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

お決まりのセリフ展開ですが、さすがは里見さん。貫録が桁違いです。

負けじと久光公。ギラリと眼を光らせ・・・

「よくぞ申した。そこを動くな」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

刀を手に取り立ち上がると脇息を蹴飛ばして西郷に詰め寄る久光公。

「望み通りその首刎ねてくれるわ!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

抜刀する久光公。

田原坂 前篇「英雄野に下る」

座ったまま、眼光鋭く久光の方へと向き直る西郷と・・・

田原坂 前篇「英雄野に下る」

睨み合う久光公。

田原坂 前篇「英雄野に下る」

もう一度、西郷さんのアップ。

田原坂 前篇「英雄野に下る」

結局、振り上げた刀を力なく振り下ろすだけで西郷を斬れない久光公。

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「二度と余の前にその面を晒すな!下がれ下がれ、下がりおろぉぉぉぉ!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

この「下がりおろぉぉ」が異様に長いんですが(笑)、露口氏の手にかかると全く違和感がなく、むしろ斬新な名演技としか映りません。

西郷は無言で手をついて頭を下げ、そのまま退出。思わずその場でへたり込む久光公。

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「二度も・・・殿は要らぬとぬかしおった・・・」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

「天晴れなやつ・・・誉めて遣わすぞ・・・!」

田原坂 前篇「英雄野に下る」

 

旧大名として時代の急激な変化を受け入れることが出来ず苛立ちを隠そうとしない久光と、久光に対して複雑な感情を抱きながらも最後まで臣下の礼を尽くさんとする西郷。立場の違いが明確な二人の武士を、露口茂氏と里見浩太朗氏という二人の名優が見事に演じ切っていますね。

特に前作「白虎隊」では開明派の会津藩士・秋月悌次郎にキャスティングされていた露口氏。前作ではストーリー上あまり重要な役どころとは言えず、何とも勿体ない起用だと思ったものですが、本作では急進な改革を目の敵にする守旧派の象徴とも言える久光役とあって、少ない出番ながら際立った存在感を発揮しておられます。

 

このシーンに限らず露口氏のお芝居を見ていると、とにかく動きや変化が最小限ですね。身振り手振りは一切なし。目線や表情もほぼ一定ながら、紡ぎ出されるセリフのスピードや温度感のみで感情の動きを表現しているように見えるのですが、それだけで尋常でない緊張感を体現してしまうのが凄い。

なお露口氏、このシーン以外では一蔵役の近藤正臣氏や黒田清隆役の高峰圭二氏などとからんでいますが、重厚な里見氏のお芝居との相乗効果もあって、私はこのシーンが最も見ごたえがあると思います。