時代劇名優一覧(男優編)・田中明夫/長七郎江戸日記(第1部・スペシャル版):風雲!旗本奴と町奴(制作/ユニオン映画 制作協力/東映太秦映像)

時代劇名優一覧(男優編)・田中明夫/長七郎江戸日記(第1部・スペシャル版):風雲!旗本奴と町奴(制作/ユニオン映画 制作協力/東映太秦映像)

水野十郎左衛門役に若林豪氏、幡随院長兵衛役に御木本伸介氏という豪華キャストを迎えた本作にあって、メインゲストお二人の素晴らしいお芝居も霞むほどの凄まじい怪演を披露しておられるのが、自身が一枚噛んでいる上野寛永寺改築工事に関わる不正事件から世間の耳目を反らすために、水野と長兵衛の双方をけしかけて対立を煽っている元筆頭老中・柳沢伯翁を演じる田中明夫先生。

 

大目付・柳生宗冬(丹波哲郎)が、元伊勢五万石領主・日向土佐守(波多野博)の娘で長七郎(里見浩太朗)の従妹にも当たり、二十二年前に家康の意向でふた親共々処刑されたはずの雪姫(佐藤万理)が密かに生きていることを嗅ぎ付け、その命を狙っていることを知った長七郎は、宅兵衛(下川辰平)や兵庫(三田明)共々、雪姫がお雪と名を変えて暮らす武州・三沢村に向かいます。そこで雪姫を拉致しようと襲いかかって来たのは柳生ではなく根来衆でした。

まずは、その根来衆を使って将軍家の血を引く雪姫を拉致し、自分の妻にすることで復権を画策している伯翁に、根来衆の頭目・黒岩一鬼(原口剛)が、長七郎(=素浪人・速水長三郎)に邪魔をされて雪姫の拉致にしくじった事を報告するシーン。

時代劇名優一覧・田中明夫

「まさかそやつ、伯翁様の目論見を・・・」と訝る一鬼に「一介の素浪人に、わしの胸の内が読めるはずがない」と余裕をかます明夫先生。

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そして「杞憂じゃ」と言って薄ら笑いを浮かべたと思ったら・・・

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すぐさま険しい表情に変わり、一鬼を睨みつける明夫先生。

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もうのっけから不気味さ全開だ・・・笑

そして唐突に「今夜じゃ」などと無茶を言いつつ、法螺貝の置き物(?)を手に取り愛でながら「雪姫はわしの嫁じゃ・・・」と呟き・・・

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例のしゃがれ声で「早よぅ、嫁の顔が見たい」などと、雪姫本人の意向など1ミリの考慮もなく当たり前のように宣(のたま)う無邪気な明夫先生・笑

時代劇名優一覧・田中明夫

他をよせつけぬ孤高の明夫ワールドが早くも炸裂中・・・。

 

夢楽堂に雪姫がいることを柳生にも根来衆にも嗅ぎ付けられた長七郎は、ひとまず神田のねんぶつ長屋に雪姫とお供の源太(宮崎達也)を移します。柳生の忍び・左平次(岡崎二朗)はいち早くそれを察知するのですが、一鬼には雪姫の隠れ場所が分かりません。

一鬼「申し訳ございません」
伯翁「・・・」

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一鬼「雪姫の所在は未だに掴めません」
伯翁「・・・」

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一鬼「ただ、柳生が妙な動きをしておりますので、これを追えば必ず・・」
伯翁「・・・」

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伯翁「・・・!」

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伯翁「!!」

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「必ず、必ずや雪姫の所在を!」と言って慌てて探索に向かう(しかない)一鬼・笑

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伯翁「・・・」

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ひっくり返った脇息が哀れを誘うなか・・・

最後にアップ・笑

時代劇名優一覧・田中明夫

このシーン、明夫先生にはひとっ言もセリフがありません。セリフなしでもこれほどまでに存在感のあるお芝居、出来る人には出来るんですねー、大したもんだ・・・(感嘆

 

ラス立ちでの明夫先生も圧巻。隠居所「爽風庵」に手勢を揃え、かがり火を焚いて乗り込んでくる長七郎を待ち受けている設定の伯翁。

表門を一歩入ったところから次々に現れる弓や槍などで武装した侍を九人(たぶん)と忍びを一人倒したうえに、襖や障子で四重に隔てられた座敷まで長七郎が辿り着いたところでようやく姿を現す明夫先生。

時代劇名優一覧・田中明夫

アップで「ニタリ」

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「お待ちしておりましたぞ、長七郎公(ぎみ)」

時代劇名優一覧・田中明夫

「この爽風庵を死に場所にお選び下されたとは、恐悦至極」

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「ふふぇふぇふぇふぇ・・・」

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「うふぇふぇふぇひゃははは・・・!」

時代劇名優一覧・田中明夫

「(大きく息を吸って)斬れぇぇぇぃ!!」

時代劇名優一覧・田中明夫

明夫先生、いくら何でもやり過ぎだ・笑

そして侍と忍びが入り乱れた壮絶な立ち回りが展開されるのですが、座ったまま頑なに動かない明夫先生。

時代劇名優一覧・田中明夫

こんなボスキャラは長七郎江戸日記全シリーズ通じて後にも先にも明夫先生だけだろう・・・

で、ついに一鬼も斬られてしまって残るは伯翁ただ一人。

時代劇名優一覧・田中明夫

ここで初めて「あ、しまった」みたいな顔をする明夫先生・・・

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遅いよ・笑

「俺の名前は引導代わりだ、迷わず地獄に落ちるがよい」の後で脇差しを抜いて立ち上がるが・・・

時代劇名優一覧・田中明夫

一太刀で仕留められ、声にもならない悲鳴を上げる明夫先生。

時代劇名優一覧・田中明夫

うわー、ラストの表情までサイコー!・笑

そして伯翁様はご他界されるのでした。

時代劇名優一覧・田中明夫

 

その強烈なアイデンティティから、画面に登場するや否や、とにかく目が釘付けになってしまう田中明夫先生。もっぱら悪役にキャスティングされることの多い役者さんでしたが、ただの悪役ではなくて、憎たらしいとか、気持ち悪いとか、何かしら一癖プラスαの要素を持つキャラクターを演じると、とりわけその魅力が際立つ役者さんでした。顔も声も個性に溢れているだけでなく、その鷹揚な節回しまでもが余人をよせつけない独創的な芸域に到達されてましたね。

本作では、あの柳生宗冬ですら迂闊に手を出せないほどの権勢を誇る「大物」となる元筆頭老中を演じているわけですが、やや悪意すら感じる(笑)照明技術を駆使した演出効果も相まって、まさに「さわるな危険」な感じが漂う、不気味さ全開の素敵な老人が見事に完成しています。

 

本スペシャル版、脚本を担当するのは例によって小川英氏と胡桃哲氏のゴールデンコンビ。旗本奴と町奴の対立は仕組まれたもので、あの水野十郎左衛門も幡随院長兵衛も闇に蠢(うごめ)くただ一人の老人に操られていただけだったという、いつもながらの奇想天外な筋書きが秀逸ですね。あと「妖怪と呼ばれる」をはじめ、実在した江戸幕府要人のうち悪名の高いのを何人かミックスしたような伯翁の名前と設定もちょっとツボでした・笑