時代劇名優一覧(女優編)・岡まゆみ/半七捕物帳 第16話:悲しみ色の女(製作/ユニオン映画 制作協力/東映太秦映像)

この方は時代劇、現代劇問わず実に多くのテレビドラマに出演されてましたけれども、時代劇への本格的な進出は80年代に入ってからでしょうか。一番の当たり役は、時代劇ブームも終わりに近づいていた93年、日テレ系の時代劇シリーズ「闇を斬る!大江戸犯科帳」の桃太郎姐さん(レギュラー)ではないかと思いますが、同じ日テレ系の一つ前のシリーズ「半七捕物帳」にゲスト出演されていた際の演技が誠に素晴らしかったです。第16話「悲しみ色の女」より。
江戸の街では、作州浪人崩れの盗賊・百目の十兵衛(五味龍太郎)一味が次々と大店を襲うなか、ベロベロに酔っぱらった鳶職人の朝吉(丹波義隆)が、仲間の職人(志茂山高也)に岡まゆみさん演じるおはんが働く女郎屋・紅屋に連れ込まれます。
見た感じ、あまりやる気のなさそうなおはんさん登場・笑
「お泊りですか?それとも・・・」
お膳に突っ伏したまま「んぁ?」と反応する朝吉。
「どちらでもお好きなように・・・お客さんが最後ですから・・・」
「どこなんだ、ここは?」と聞かれて「女郎屋ですよ?」と応えるおはん。はっと身を起こし、帯を解くおはんに気付くや慌てて背を向け正座する朝吉。
おはん「気に入らないんですか?私が・・・」
朝 吉「違う!そうじゃねぇ・・・俺ぁ、こういう処はどうも・・・」
「だったら、ご勝手に」と言われて一度は部屋を出て行くのですが、すぐさま戻って来る朝吉。「酔いが、覚めちまった・・・もう少し、ここにいていいか・・・?」と尋ねる朝吉に、微笑みながらおはんさん。
「どうぞ・・・」
場を取り繕うように、おはんに名前を聞いたと思ったら、いきなり矢継ぎ早に子どもみたいなトークを展開する朝吉。
朝 吉「俺ぁ、朝吉!鳶職だ。あっ、神田鍋町の、念仏長屋に住んでる!」
おはん「(吹き出しながら)誰もそんな事聞いてやしませんよぉ・・・」
続けて「あんた、長ぇのか?いつからこんな事してるんだ?」などと立ち入った事を尋ねる朝吉に、露骨に機嫌を損ねた様子の岡まゆみさん。
「したくありませんねぇ、そういう話は」
「そうか・・・」としょんぼり言って酒を呷(あお)る朝吉、勢いよく行き過ぎてお酒をリバース。慌てて袂でお膳を吹こうとする朝吉にウケて機嫌が直る岡まゆみさん。
「んふふふふ・・・」
ほのぼの・・・笑
で、そんなおはんの様子を見ていて「よしっ、決めた!泊めてもらうぞ!」と勇ましく宣言したのも束の間、一転「迷惑か?」と弱気に尋ねる朝吉に、やや戸惑いながら「んふっ・・・そんな事ありませんよ・・・」と応える岡まゆみさん。少しやけ気味に・・・
「私は・・・売り物買い物の女郎なんですから・・・」
「よせよ、そういう言い方」と少し悲しそうな朝吉に対してこの表情。
・・・からのこの表情!
台本の裏側に込められている(と思われる)おはんさんの複雑な感情の移ろいを、表情のちょっとした変化だけで事もなげに表現しきってます。岡まゆみさん、のっけから恐るべき演技力です。
で、朝吉の「灯りを、消してくれねぇか・・・?」に対してはこの表情!
・・・から、丹波氏の表情アップを挟んで、この表情!
これから初めて会った男に1発ヤラれる女の顔としてこの表情を鑑賞したときに、女優・岡まゆみの凄みが透けて見えますねぇ・・・。
で、ふっ!と灯りを消したおはんさんに「灯りを消すと・・・本当の顔が見えるみてぇだ・・・」とキザな事を言い出す朝吉。
「本当の顔・・・?」
朝 吉「泣き虫だろ?あんた・・・」
おはん「(コクリと頷いて)・・・いつも泣いてばっかり」
「今もか?」と尋ねる朝吉に、肩をすくめてブリっ子笑いを挟んでから・・・
「今じゃ、涙がお酒に変わりました・・・」
意味がよく分からないが、まゆみさんに言わせたら、たちまち名セリフ!
少々堅物で奥手な男と、スレてるようでスレ切れてないお女郎さんの出逢いのシーン。ありがちと言えばありがちなんですが、まゆみさんのお芝居がそれはもう傑出していて、とんでもなく見応えのある名シーンに仕上がっています。もちろん、お相手役の丹波氏による、一歩引いてるかのような演技もまたいいですね。
で、すっかりおはんに入れあげてしまった朝吉。父親で同じ鳶職の喜平(玉川伊佐男)に、おはんが女郎であることも伝えたうえで、一緒になりたいと打ち明けるのですが、「俺ぁ、承知できねぇ」と、喜平さんは取りつく島もなし。
さて、おはんさんには、時計師として大店に出入りしがてら十兵衛一味に金の隠し場所が描かれた絵図面をこっそり流している巳之介(成瀬正孝)という悪い虫がついておりまして(笑)、紅屋におはんの上がりを掠めに来たものの、その額にご不満の巳之介さん、「客もつかなくなっちまったか」「お前ぇも年だな」と言いたい放題。その背後から簪を構えて忍び寄り、ついに襲いかかろうとするおはんさん!
しかし巳之介さん、「よしな!」と一喝してこれを制止。「お前ぇ何度同じ事繰り返すんだ?」「お前ぇにゃこの俺を殺せねぇよ」と言われて、おはんさんはたちまち戦意喪失。
巳之介「そんなに俺が憎いか?ん?」
おはん「憎い・・・」
「殺してやりたい!」
「そうかい」と呟いた巳之介さん、おはんの腕を取って・・・
胸元を開くと・・・
そのままおはんの簪を自分の胸にグサリ!
「・・・あんた!」
巳之介「すげぇ度胸だぜ・・・お前ぇの好きなところなんだ・・・」
巳之介「お前ぇに殺されりゃ本望だ・・・」
おはん「はぁ・・はぁ・・」
巳之介「殺れぃ!」
おはん「嫌、嫌ぁぁ・・・!堪忍してぇ・・・」
で、寝間に突き倒されて、後はされるがままのおはんさん。
巳之介「俺たちは・・・この世でたった二人の仲なんだ・・・」
そこへ「おはんちゃん、お客さんだよ?」とお邪魔虫(?)な女将さん(富永佳代子)登場・笑
で、とっとと退散した巳之介と入れ替わりにやって来た「お客さん」は朝吉さん。
朝 吉「また来ちまった!」
「嫌いじゃなかったんですか?こういうとこ・・・」
朝 吉「こういう処は嫌いさ、だからあんたを置いときたくないんだ」
おはん「・・・」
少し戸惑いながらおはんさん。
「はぁ・・・珍しいお客さんもいるもんだ・・・あんた、見かけに寄らず初心(うぶ)なんだねぇ?」
その一言は華麗にスルーして「今日は、大ぇ事な話があって来た」と畏まる朝吉。
朝 吉「俺・・・あんたに、惚れちまった・・・こんな事初めてなんだ!」
おはん「・・・」
「一緒になってくれねぇか」と言い出す朝吉に、暫し沈黙のあと、フハハハハと笑い出すおはんさん。
おはん「馬鹿馬鹿しい・・・どこの世界に女郎なんかと」
朝 吉「本気なんだ俺・・・」
目も合わせず「これ以上からかうと、承知しませんよ?」とつれなく振舞うおはんに「からかう・・・?本当にそう思ってるのか?」と食い下がる朝吉。
朝 吉「それとも俺のことが・・・」
おはん「帰って下さいな!」
「そんな事、急に言われたって・・・私だってどうしたらいいか・・・」
部屋の外で巳之介が二人のやり取りを聞いている場面をつなげて、このシーンは終了。さすがの名女優、岡まゆみさん、目の離せない圧巻のお芝居が続きます。それにしましても、ドSな紐男にどハマりな成瀬正孝氏の起用といい、もうキャスティングからしてこの上なく豪華な鉄壁の布陣。時代劇マニアには垂涎ものの何とも贅沢な一作ですね~。
さて、喜平の依頼で紅屋を訪ねて来た半七(里見浩太朗)に、朝吉にはもう自分の元に来ないよう伝えてくれ、と頼むおはんですが、半七は、おはんもまた朝吉に惚れていることを見抜きます。一方、紅屋のお女将から聞いて、おはんに付き纏う巳之介の存在を知った朝吉は、手切れ金持参で巳之介の元を訪ねて直に巳之介と話をつけたうえ、ついにおはんを身受けして念仏長屋に連れ帰ります。
しかし長屋の入り口で立ちすくみ・・・
そのまま道端にしゃがみ込んでしまうおはん。
朝 吉「どうしたんだ・・・?」
おはん「私・・・やっぱり・・・」
朝吉の自宅で迎え撃つ朝吉の親父さんや鳶仲間らには初めて会う事になるおはんさん、果たして元は女郎だった自分を温かく迎え入れてくれるのか・・・。しかし不安がるおはんをそっと立たせ、自宅の前まで連れて来た朝吉さん。障子の向こうでは「遅ぇなぁ、何してやがんだぁ?」「逃げたんじゃねぇのか?」なんて軽口が飛び交う中、勢いよく障子をガラリ。
暫しの静寂・・・を破って朝吉が「お父っつぁん、おはんだ」と紹介するや否や、おはんの不安を取り除いてやるためでしょうか、額を畳に擦り付けんばかりにその場で手を付いて頭を下げて見せる喜平。
喜 平「朝吉の、親父で御座ぇやす」
喜 平「よく、来て下すった・・・」
おはん「・・・」
おはん「・・・おはんです!」
喜 平「倅を・・・宜しく、頼んます!」
おはん「・・・」
素晴らしいぞ親父さん!ここ、和久田正明先生の脚本もいい!玉川伊佐男氏のお芝居もいい!全部いい!完璧!!
そして喜平さんの仲間らがお楽しみの酒盛り開始・笑
そして轟々と渦巻く出席者たちの非難をものともせず、「自慢の喉」と称して調子っぱずれな花笠音頭(「めでた、め~で~た~の~」のあれ)を歌い始める喜平さん。
始めはクスクス笑いながら聴いていたおはんさんですが・・・
「・・・」
不意に庭へと駈け出ておいおい泣き出すおはんさん。
思わず駆け寄って「本当に泣き虫なんだなぁ・・・」と声をかける朝吉さんに・・・
「夢じゃないんですよね・・・?」
岡まゆみさん、この泣き虫芝居がまたいいんです!で、泣きじゃくるおはんさんを黙って見守る玉川氏もまた泣かせる芝居をしてくれていたり・・・。ここも名シーンですね。いやー、あっちもこっちも名シーンだらけ!
その後、朝吉の留守中に現れた巳之介に連れ去られたおはんさんは、また女郎屋に売り飛ばされて・・・と、さらにひと波乱あったりするわけですが、ここからは、ピラニア軍団の雄とも称されるべき怪優・成瀬正孝氏の独壇場といった感じで、まゆみさんの見せ場はあまりなし。もちろん最後は、朝吉が巳之介をフルボッコにして、おはんさんの居場所を聞き出し、めでたしめでたし、となるのでした。
百目の十兵衛も半七がお縄にして事件は一件落着。長屋では、朝吉や喜平を仕事に送り出してから「めでた、め~で~た~♪」と口ずさみつつ家事に精を出すおはんさん。
そこへ半七が馴染みの呑み屋の女将・お千加(片平なぎさ)を連れて参上。
おはん「親分さん・・・」
半 七「あぁ・・・すっかりおかみさんらしくなったな?」
お千加に「どこから見たって江戸中で一番幸せなおかみさんですよ」などと冷やかされるおはんさん。
おはん「親分さん・・・?」
半 七「何でぃ?」
「本当に、これでいいんでしょうか・・・?」
「私・・・何だか、こんな暮らしがまだ嘘みたいで・・・」
「いいんだよ、これで」と半七。
半 七「幸せをな、懐にそ~っとしまって・・・」
半 七「外に出すんじゃねぇぞ!」
と、またここで軽めに泣き虫芝居・笑
最後に「はい・・・」と頷いて・・・
まゆみさんの出番は終了。一話通じてジェットコースターのように起伏の激しい感情の揺れを的確に演じ分けつつ、おはんのキャラクターそのものは一貫してブレずに演じ切った岡まゆみさん、名女優の貫録十分。素晴らしいです!
本作の脚本担当は、時代劇、現代劇問わず1時間で完結する不朽の名作をテレビ界から世に送り出し続けた巨匠・和久田正明氏なわけですが、本作も例によって、おはん、朝吉、巳之介、喜平、ついでに百目の十兵衛然り、各登場人物のキャラをどこまでも深く掘り下げて描写されています。
この「半七捕物帳」シリーズ、アクションや笑いありきの「痛快!娯楽時代劇」というよりは、ちょっと地味~な、どちらかと言えばアダルト向けの人情時代劇といった態でしたけれども、であればこそ、氏の丁寧な人物描写による各キャラの設定が殊さら際立つうえ、それらのキャラ一人一人にマッチする実力派の役者を見事に揃えたことで、お話の随所に見せ場が現れ、観ていて息をつく暇もありません。この素晴らしい完成度を誇る本作、シリーズ通じて一、二を争う傑作だと思います。