時代劇名優一覧(男優編)・中村嘉葎雄/名奉行 遠山の金さん(第3部・スペシャル版):大陰謀!天下分け目の桜吹雪(制作/テレビ朝日・東映)

時代劇名優一覧(男優編)・中村嘉葎雄/名奉行 遠山の金さん(第3部・スペシャル版):大陰謀!天下分け目の桜吹雪(制作/テレビ朝日・東映)

言わずとしれた名優、中村嘉葎雄先生。ヨロキンの実弟であることでも有名ですが、お兄様と違って変に外連味(けれんみ)を前面に打ち出すことなく、淡々としたセリフ読みながら、その押し殺した迫力から好々爺然とした素朴さに至るまで、役柄に応じて自在に表現し分けてしまうような、まさに職人芸と呼ぶに相応しいお芝居で魅せて下さる素晴らしい役者さんでした。

特に印象深かったのが、松方弘樹氏主演のテレビ時代劇「名奉行 遠山の金さん」シリーズにおいてセミレギュラーとして演じておられた、遠山金四郎のライバルにあたり、権謀術数に長け「妖怪」の異名をとりつつ幕府要職を渡り歩く鳥居甲斐守。シリーズ3作目のオープニングを飾るスペシャル版から、その登場シーンの一部をピックアップ。

 

かつて金四郎(松方弘樹)との対決に破れ、勘定奉行を退いた甲斐守が南町奉行に就任した頃、老中・久我大和守(佐藤慶)、若年寄・上野修理亮(高野真二)、大目付・一色兵庫助(波多野博)、廻船問屋組合の元締め・大口屋(菅貫太郎)、そして甲斐守の腰巾着とも言われる勘定奉行の星野内膳(和崎俊哉)が、京の帝の傍衆を務める公家・錦小路実麿(西沢利明)と結託、幕府への謀反を画策するなか、星野邸を訪れる甲斐守。

「鳥居様・・・全てをご存知だそうで・・・」と茫然とした様子の内膳にパタパタ扇子を扇ぎながら甲斐守。

「星野殿、鳥居甲斐の目は節穴ではない。其許(そこもと)の様子から、ご老中を頭(かしら)とした謀反の企みを知ったのは・・・もう二年前のことよ」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

「それを他に漏らさなかったとすれば、即ち、貴方様もこの企てにご賛同なされているという事でございますか?」と問う内膳。一瞬、扇ぐのをやめる甲斐守。

「はて・・・?それはどうかな?」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

また扇ぎ始め、言葉を続ける甲斐守。

「ただ、事が成就した暁には某(それがし)、力を貸す事に吝(やぶさ)かではない」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

はたと膝をたたく内膳ですが、甲斐守はここで問題提起。

「遠山奉行が探りにかかったとなれば、企みは、累卵の危うきにあると言わねばならぬぞ?」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

「その事でございます。何とかして遠山の目をそらす手立てを講じなければと、ご老中には・・・」と悩ましい様子の内膳に、手立ては「ある」と応える甲斐守。

遠山は恐らく謀反の企みに気付いているから「(カモフラージュとして)上様諸共、お狩場小屋を吹き飛ばしてやると、匂わせてやればよいではないか」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

その妙案を頂いてよいかと尋ねる内膳に「いいよ」と応える甲斐守。

「ただし・・・儂の名をご老中たちに明かしては困る」

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この角度から見るとお兄様(ヨロキン)の面影が色濃く滲む中村嘉葎雄先生。

そして最後にゆっくり頷く凛々しいお顔のアップ!

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

お相手役の和崎俊哉氏も、時代劇界では重鎮とも呼ぶべき大俳優ですが、嘉葎雄先生との1対1の掛け合いともなりますと、そこに厳然と存在する貫録の差が露わになってしまう思いです。

 

さて、お話も終盤での嘉葎雄先生の名演技。

詳細は割愛しますが、大和守らの謀反は失敗。屋敷を金四郎配下の捕り方に囲まれてしまった内膳は、甲斐守に泣きつくため南町奉行所へ。

愛刀をお手入れ中の甲斐守。

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

懐紙をポロリと落として・・・

「おのれ遠山・・・またしても儂を出し抜きおって・・・」

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そこへバタバタと駈けこんで来る内膳。

内 膳「鳥居様、貴方だけが頼りでございます」

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内 膳「何とか、手を差し伸べて頂けませんか・・・」

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甲斐守「大口屋も北町に捕縛されたそうだのぅ」
内 膳「どうしてそれを・・・!」

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「其許らが蜂起せんとしたあの場に・・・」

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「この儂が、いの一番に乗り込む手筈になっておったのだ」

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「何と・・・」と顔を歪める内膳にとどめを刺す甲斐守。

「南町就任を飾る・・・」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

「初の大手柄になるはずであった・・・」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

うーむ、悪い奴っちゃ・・・笑 ちなみに竹光でなく真剣のようですね。

「では・・・あの屋形の爆破は、そのための・・・」と臍(ほぞ)を噛む内膳。

内 膳「いやぁ、貴方は始めから、我らの陰謀を出世に利用するつもりで!」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

「左様!」と凄むや内膳の胸をひと突き・・・

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

すぐさま刀を引きぬいて・・・

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

上段から・・・

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

鋭く振り下ろす嘉葎雄先生!

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

背筋をピンと張って残心。

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

カッチョいぃ~。

そう言や、嘉葎雄先生の殺陣ってあんまり見たことない気がするけど、この1シーンだけ見れば、すぐに随一の名手であることが分かりますね。素晴らしい。

斬殺した内膳を見下ろしてから・・・(この表情もえぇわ~)

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

刀を蝋燭の灯に翳(かざ)し・・・

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

「遠山・・・!いつか必ず貴様を引きずり下ろしてやる・・・」

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

そして最後の最後に、この表情!

時代劇名優一覧・中村嘉葎雄

んー、シビれるわ~。

一連のやり取りの後、内膳を斬り捨てるという展開を考えると、内膳が飛び込んで来る際に刀の手入れをしている、というところまでは台本に織り込み済みでもおかしくないわけですが、お手入れ中や内膳を斬り捨てた後の刀の扱い方は嘉葎雄先生のオリジナルとしか思えないですね。というより、ここまで刀を「小道具として」違和感なく且つカッコよく使いこなせる役者さんというのは、日本の時代劇史上を通じても、そう何人もおられなかったのではないでしょうか。

 

さて、映画デビューは1955年(「振袖剣法」:松竹)と、本作で主役を張る松方氏(1960年デビュー「十七歳の逆襲」:東映)よりも実は先輩格にあたる中村嘉葎雄先生。とある書籍によれば、たかが町奉行(=旗本)のくせにお白州には長裃で登場する松方版の金四郎が定番とする、あの桜吹雪の御開帳前に長袴を蹴り出すシーン、裾にコインを忍ばせておけば袴を美しく蹴り出せる、と松方氏にアドバイスを送ったのが、他ならぬ嘉葎雄先生なんだとか。時代劇俳優として中村嘉葎雄先生、あの松方氏の一枚上を行っておられた事が分かるエピソードではあります。