時代劇名シーン一覧/長七郎江戸日記 第2部・スペシャル版「長七郎 大奥まかり通る」(製作/ユニオン映画 制作協力/東映太秦映像)より

長七郎江戸日記シリーズ第2部では5作目のスペシャル編となる本作。江戸日記シリーズのスペシャル編においては毎回、里見浩太朗氏演じる長七郎と、丹波哲郎氏演じる、長七郎の剣の師であり幕府大目付でもある柳生飛騨守宗冬との直接対決が、お話における最大の見どころとなるのですが、本作では一年余りに渡って長七郎の動静を監視し、ときにはその命まで狙おうとした、高木美保さん演じる柳生のくの一・お銀が宗冬に反旗を翻します。
長七郎と宗冬の対決シーンに加え、宗冬とお銀の対決シーンもまた本作の大きな見どころ。むしろ後者の方が、より緊迫感に満ちた手に汗握る展開で、江戸日記シリーズ全編を通じても屈指の名場面ではないかと思います。そんな大俳優・丹波哲郎氏と個性派女優・高木美保さんのガチンコ名勝負シーンをピックアップ。
まずはその布石となる2つのシーン。
将軍・家綱(若菜孝史)の伽を命じられた大奥女中・楓(小野沢智子)が毒殺死体となって、千代田の城のお堀に通じる掘割に浮かびます。翌日、長七郎と共に死体を発見した辰三郎(火野正平)は、前夜、その現場に現れた南町の定町廻り同心・島田軍兵衛(遠藤征慈)の許を訪ねますが、何の事やら分からない、と取り合わない島田。
一方、柳生邸には宗冬に事の顛末を報告するお銀と、柳生忍者の頭領・小弥太(石橋正次)の姿が。
宗冬「掘割に浮いた死骸はたしかに上様お手付きの、楓だったんだな?」
お銀「はい」
「やはりわしの、読み筋通りになって来たの」と呟く宗冬。
お銀「御前の読み通りとは・・・どういう事でございますか?」
宗冬「お銀、それは其の方が知らずともよい事じゃ」
分をわきまえず怒られるお銀・笑
小弥太「ひとつだけ面倒な事が」
宗 冬「面倒?」
小弥太「楓の素性を求めて、夢楽堂の連中が動いております。・・・そうだな、お銀?」
お 銀「おそらく今ごろは、あの死体が楓と見当をつけております」
宗冬「またも・・・」
宗 冬「またしても長七郎公(ぎみ)か・・・」
小弥太「はっ!」
「いや・・・これはまたとない機会かもしれん・・・またとない」とまで言って大笑いする宗冬と・・・
その腹の内が読めないお銀。
楓を毒殺したのは奥医師の山中道伯(織本順吉)で、道伯は同心の島田や大奥年寄・淡路(土田早苗)と結託、家綱の手の付いた女中は皆殺しにしたうえで、淡路の姪である大奥女中・しのぶ(小牧彩里)に家綱の子を産ませ、権勢を欲しいままにしようと画策していたのですが、既にこの時点で宗冬はそうした企みの存在を嗅ぎ付けていた事が分かります。
長七郎が探索に乗り出すなか、今度は梓(岩本千春)という女中が、柳生によって密かに道伯一派へと送り込まれた柳生道場の元師範代・二階堂左門(長谷川明男)によって殺害されます。二人の女中が家綱の寝所に召されていた事実を掴んだ長七郎は一味の狙いを見抜き、大老・酒井雅楽頭忠清(内藤武敏)の屋敷を訪ね、酒井に事件を調査するよう求めますが、自分にそんな力はない、と突っぱねたうえ、密かに庭に控えていたお銀に事の次第を宗冬へ報告するよう命ずる酒井。
再び柳生邸。
宗冬「そうか。長七郎公が酒井殿にな・・・」
ここから長回し。
宗冬「長七郎公はかねてより五代将軍の座に就く事を企んでおった・・・」
お銀「御前、そのような事は決して・・・」
宗冬「んっふっふっふっふ・・・」
宗冬「そのためには・・・上様にお世継ぎが産まれては困る。それゆえに密かに手を回して、二人の奥女中を殺害せしめた」
宗冬「即ち子絶やしにして己れが五代将軍の座に就くこと・・・長七郎の陰謀はそれじゃ!」
お銀「いいえ!・・・長七郎公は奥女中殺しを解明なさろうとして酒井様を訪れたのでございます」
お銀「五代将軍の座を狙うなどというお気持ちはさらさら・・・」
宗冬「お銀!」
宗冬「甘いのぅ・・・」
宗冬「長七郎公が酒井を訪れたのはの、陰謀を暴かんがためではない・・・」
宗冬「己れの画策を、どの程度、酒井が気付いておるか。それを確かめるためじゃ!」
「そんなはずは!」と食い下がるお銀。
「・・・私はこの一年、長七郎公のお傍であの方をずっと見て参りました」
お 銀「決してそのような事の出来る御方では・・・」
小弥太「お銀!」
ここで突然、会話(とフレーム)に割って入る小弥太。
「惚れたな!・・・長七郎公に、惚れたな?」
長回し終了。画面切り替わって緊張感の漲(みなぎ)るミュージックスタート。
宗冬「徳川家安泰のためには、何としても彼の公を生かしておくわけにはいかぬ」
お銀「!」
お銀からは目を反らし、小弥太に同意を迫る宗冬。
宗 冬「小弥太、分かるな?」
小弥太「・・・はい!」
名シーンです。丹波先生の一人舞台になるかと思いきや、美保さんの徐々に温度感が上昇するお芝居もなかなかです。また、もはや宗冬とお銀は従来の主従関係に戻れない事を示唆する重要なシーンですね。
さて、道伯一派の企みをそれと分からぬよう後押しした宗冬の狙いは、かつて自身を遠ざけた家綱に世継ぎを儲けさせる事なく、英邁の誉れ高い家綱の弟・徳松(後の綱吉)を五代将軍の座に据え、徳川の安泰を図る事にありました。長七郎がその妨げとなる事を危惧した宗冬は、ついに小弥太に長七郎の暗殺を命じます。長七郎襲撃に同行するお銀ですが、一度目の襲撃では長七郎の背後を取りながらわざと見逃し、二度目にいたっては長七郎の形勢不利と見るや火薬玉を使って長七郎を助ける始末。
長七郎を助けた現場から離れようとするお銀の前に立ち塞がる小弥太。
「お銀・・・覚悟は出来てるな?」
「・・・はい」
そして三度(みたび)、柳生邸。
「長七郎公に手を貸した事がどういう事になるか、今さら訊くまでもあるまい」と、ここでも独特な抑揚の丹波節炸裂。
「だが訊こうか。その釈明を」
お銀「何も、ございません」
宗冬「・・・」
お銀「御前・・・たとえ死を賜ることになっても、もう長七郎公の敵にはなれません!」
背中越しなので表情が見えませんが、セリフだけでお銀の悲壮な覚悟が伝わって来ます。美保さんグッジョブ。
しかしここで間髪入れず宗冬。
「ならば死ねっ!!」
一瞬のうちにお銀の心の臓目掛けて放たれる小柄。
小柄の刺さる効果音と共に、僅かに反応するお銀。
何と・・・小柄が放たれるや否や、即座に自身の心の臓を左腕で庇っていたお銀。
クール・・・!
ここでまたしても緊迫感溢れるミュージックスタート。丹波先生のこの表情もシビれる!
対する美保さんがまた貫録十分!
表情ひとつ変えず小柄を腕から抜いて・・・
その場に静かに置き・・・
一礼してその場を後にするお銀。
そして無言でお銀の始末を小弥太に命じ・・・
小弥太が去った後、静かに目を瞑り何事か思いに耽る宗冬。
この後、木津川流れ橋での、お銀と小弥太の一騎打ちのシーンへと続くのですが・・・。ん~、緊張と緩和のギャップが凄まじいです。いやいや、これぞまさしく大人の時代劇!
それにしましても、余人が到底再現しえないであろう「ならば死ねっ!!」の空気を引き裂くような鋭さを始め、わざわざここで改めて取り上げるまでもない「大俳優・丹波哲郎」の他を寄せ付けない凄味の一方で、むしろ丹波先生と互角に渡り合えている高木美保さんのお芝居こそ特筆に値するというもの。
美保さん演じるお銀は、一作前のスペシャル編「ふたり長七郎 京の舞」から、三田明氏演じる六さん(沢木兵庫)と入れ替わる形でレギュラー入りしたのですが、当初は人を食ってるというか、ちょっと世の中を舐めた感じの生意気なくの一といったキャラ設定がされており、長七郎の命を狙うにしても、どこかゲーム感覚のような態度で挑んでいる節すらありました。しかし長七郎の言動に日々触れるなかで、各話を通じて次第にその心境にも変化が生じます。結果として、話を追うごとにそのキャラが深く練り込まれていくような、レギュラー陣のなかでは少し特異な位置づけの登場人物であったと言えます。
そんなお銀というキャラクターを、時の流れと共にそのお芝居を通じて違和感なく変遷させてみせたのが高木美保という女優さんなんですね。出て来た当初は、何か顔も芝居も癖のある女優さんだなぁ、という印象しかなかったのですが、とりわけ、ついに身を捨てる覚悟で柳生を裏切り、長七郎の側に着くと決めたお銀の心の襞まで繊細に演じ切って見せた本作でのお芝居は「お見事!」でした。
本作の脚本は例によって小川英氏と胡桃哲氏のゴールデンコンビ。スペシャル版では毎回、史実を「一部だけ・笑」拾いあげて絡ませつつ創作された奇想天外なストーリーで観る者を楽しませて下さるのですが、本作では家綱が生涯、子に恵まれなかったという史実を膨らませ、奥医師や大奥年寄が私利私欲から思いついた子殺しの企みが結果的には徳川の利益にもつながる、というパラドックスで陰謀のロジックを組み立てた挙句、見事に腹落ちできるシナリオに仕上げておられます。
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